スパッタリングにはまりそうです
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透明水彩一本線スケッチ「野点」 アヴァロン水彩紙ポストカード&マッチベーシックカラー&コピックマルチライナー0.3ミリ

昨日は夕方から子供と「祇園大茶会」という八坂神社(京都 祇園四条界隈)で開かれていた野点に行ってきました。
昨日は誕生日だったのですが、この歳にして初めて「野点」が屋外で行われる茶会だということを知りました。
「野点の茶会」と書くと「屋外茶会の茶会」になるのかな?
「いもぼう」周辺の敷地に白いテントが建てられ、その中で亭主(お茶をたてる人)が各自趣向をこらした空間を作っています。
運がいいと目の前で「お能」を舞ってもらえます。

京都大学の学生さんなんですって。好みの花を選ばせてくれてもらえるんです。花を選ぶ時も、仲間同士でも一言も言葉を発せずにずーーーーっと・・・舞っては片づけ・・・移動し・・・舞っては片づけ・・・移動し・・・というのが格好良かったです。

お点前をしてくださったのは天江さん。他の亭主も皆さん三十代前後で若い力を感じました。

ちょっと前にテレビ番組の「となりの人間国宝」に出ておられて、以前話をしてくれていた同い年の絵画友達Rikaちゃん(お茶と着物も趣味)に「天江さん出てるよ~!」ってLINEしたらこのイベントに誘われました。

お茶は小学校の頃に数か月習っていた経験があるのですが、私は足が少し悪くて正座できないことや礼儀作法をしっかり叩き込むには至っていなかったので敬遠してました。
でも、野点はそこらへんのことはラフに楽しめるというので「こういう世界もあるのか~☆」と親しみが湧きました。
↓ 天江さんは屋内でも点てられますが、この様に自転車に茶道具を積んで場所を選ばずに茶会をされておられます。


最初にお神酒?⇒お菓子とお抹茶⇒最後に八坂神社で年に一度だけ汲み上げられる井戸水をいただきました。お香も炊かれ、炬燵に足を崩して座らせてもらえました。
お話も楽しかったし、亭主が自分流のもてなし方を想像され、その中に身を置かせてもらえたのは一期一会の短い間小さな空間でしたがとても心地よく貴重なひとときでした。
小手先の礼儀作法や一連の流れに終始しない心のこもった茶席はまた体験させていただきたい。特に屋外は風も気持ちよくていいですね。
天江さんによると「お茶」はもっと身近なものになってほしいとのことです。「伝えたい!」っていう想いがしっかり伝わってきました!!
↓ こんなペットボトルの筏船のお茶席も!


アクセス数が増えてきて内容の是非を気にするようになり徐々に自分自身が面白くなくなっていましたが、「そういえばここって私のブログだから自由に書いてもいいんだよね
」って最近気づいたので再開したアートエッセイ。つまらぬものですがよろしければ・・・
「自分の絵って」その2
数年前にパステルのワークショップに参加したときのこと、参加者は10人程で先生は一人。各自が先生の用意したモチーフを描くのですが、すごい手を入れるタイプの先生で最初にその人が描いた面影も無くなるくらいの勢いだったことに驚かされたことがあります。
明るかったバックが真っ黒になったり、パステルって短時間に一気に描けるから可能なんですよね。
『その人の絵じゃなくなるやろー。』って思っていたら・・・
参加者の方は「やったーv( ̄∇ ̄)v!!描けた~~~(* ̄∇ ̄*)♪ 」ってめっちゃ喜んでいることに『(ノ`Д´)ノあんた描いてないやろーーー( ̄‥ ̄)=3 !!』って内心さらにビックリしたことがあります
。
しかし、テレビで建築家の人が「注文主は自分達がどの様な家を望んでいるのかが自分ではわからない。具体的な設計の話はせず、家族の普段の生活の話を聞きながらこちらが形にして提示する。」っておっしゃっていたことが印象的だったのですが『もしかしたら自分では気づかない「潜在意識」の中で形になっている状態ってあるのかな?』って思いました。
潜在意識下でイメージされた作品
↓
描く前に意識的に構想された作品
↓
実際に描いて具現化された作品
前記事で「絵画は二度描かれる」って書きましたが・・・「絵画は三度描かれる」のかも。
以前に世の中を騒がしたゴースト作曲家の事件。あるコメンテーターが「世間を欺いたのはいけなかったけれども、”自称作曲家+ゴースト作曲家”で最強のコンビなのかも知れない。」ってコメントしていて「それも一理あるなφ(.. )」と。
イメージだけ伝えるのは作曲のうち?表現者の新しい形?うーん、どうなんだろう・・・???
「ボーカル以外、楽器が演奏できないバンド」「片方が笑いが読めないコンビ」も売れている世の中ですが「楽譜が書けない、絵が描けない、でもイメージの発想力はすごい。」・・・逆に「発想力無いけれど漠然とした想いを聞いて具現化する力がすごい。」って才能もあるよね。
なーんてセパレートに考えていったら「自分の絵って」わかんなくなってきちゃいますよねー。えーい!全部自分でするのが一番わかりやすいわっ( ̄▽ ̄;)!!。
一筋縄ではいかないところが絵の「奥深さ」であり「面白さ」の一つなのかも知れません。スケッチなどでは時間が無いのでついつい焦って輪郭線と固有色を追うことに終始してしまいますが、ふと感じた言葉にならないイメージも大切にしたいと思う今日この頃です。
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昨日は夕方から子供と「祇園大茶会」という八坂神社(京都 祇園四条界隈)で開かれていた野点に行ってきました。
昨日は誕生日だったのですが、この歳にして初めて「野点」が屋外で行われる茶会だということを知りました。
「野点の茶会」と書くと「屋外茶会の茶会」になるのかな?
「いもぼう」周辺の敷地に白いテントが建てられ、その中で亭主(お茶をたてる人)が各自趣向をこらした空間を作っています。
運がいいと目の前で「お能」を舞ってもらえます。

京都大学の学生さんなんですって。好みの花を選ばせてくれてもらえるんです。花を選ぶ時も、仲間同士でも一言も言葉を発せずにずーーーーっと・・・舞っては片づけ・・・移動し・・・舞っては片づけ・・・移動し・・・というのが格好良かったです。

お点前をしてくださったのは天江さん。他の亭主も皆さん三十代前後で若い力を感じました。

ちょっと前にテレビ番組の「となりの人間国宝」に出ておられて、以前話をしてくれていた同い年の絵画友達Rikaちゃん(お茶と着物も趣味)に「天江さん出てるよ~!」ってLINEしたらこのイベントに誘われました。

お茶は小学校の頃に数か月習っていた経験があるのですが、私は足が少し悪くて正座できないことや礼儀作法をしっかり叩き込むには至っていなかったので敬遠してました。
でも、野点はそこらへんのことはラフに楽しめるというので「こういう世界もあるのか~☆」と親しみが湧きました。
↓ 天江さんは屋内でも点てられますが、この様に自転車に茶道具を積んで場所を選ばずに茶会をされておられます。


最初にお神酒?⇒お菓子とお抹茶⇒最後に八坂神社で年に一度だけ汲み上げられる井戸水をいただきました。お香も炊かれ、炬燵に足を崩して座らせてもらえました。
お話も楽しかったし、亭主が自分流のもてなし方を想像され、その中に身を置かせてもらえたのは一期一会の短い間小さな空間でしたがとても心地よく貴重なひとときでした。
小手先の礼儀作法や一連の流れに終始しない心のこもった茶席はまた体験させていただきたい。特に屋外は風も気持ちよくていいですね。
天江さんによると「お茶」はもっと身近なものになってほしいとのことです。「伝えたい!」っていう想いがしっかり伝わってきました!!
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アクセス数が増えてきて内容の是非を気にするようになり徐々に自分自身が面白くなくなっていましたが、「そういえばここって私のブログだから自由に書いてもいいんだよね

」って最近気づいたので再開したアートエッセイ。つまらぬものですがよろしければ・・・「自分の絵って」その2
数年前にパステルのワークショップに参加したときのこと、参加者は10人程で先生は一人。各自が先生の用意したモチーフを描くのですが、すごい手を入れるタイプの先生で最初にその人が描いた面影も無くなるくらいの勢いだったことに驚かされたことがあります。
明るかったバックが真っ黒になったり、パステルって短時間に一気に描けるから可能なんですよね。
『その人の絵じゃなくなるやろー。』って思っていたら・・・
参加者の方は「やったーv( ̄∇ ̄)v!!描けた~~~(* ̄∇ ̄*)♪ 」ってめっちゃ喜んでいることに『(ノ`Д´)ノあんた描いてないやろーーー( ̄‥ ̄)=3 !!』って内心さらにビックリしたことがあります
。しかし、テレビで建築家の人が「注文主は自分達がどの様な家を望んでいるのかが自分ではわからない。具体的な設計の話はせず、家族の普段の生活の話を聞きながらこちらが形にして提示する。」っておっしゃっていたことが印象的だったのですが『もしかしたら自分では気づかない「潜在意識」の中で形になっている状態ってあるのかな?』って思いました。
潜在意識下でイメージされた作品
↓
描く前に意識的に構想された作品
↓
実際に描いて具現化された作品
前記事で「絵画は二度描かれる」って書きましたが・・・「絵画は三度描かれる」のかも。
以前に世の中を騒がしたゴースト作曲家の事件。あるコメンテーターが「世間を欺いたのはいけなかったけれども、”自称作曲家+ゴースト作曲家”で最強のコンビなのかも知れない。」ってコメントしていて「それも一理あるなφ(.. )」と。
イメージだけ伝えるのは作曲のうち?表現者の新しい形?うーん、どうなんだろう・・・???
「ボーカル以外、楽器が演奏できないバンド」「片方が笑いが読めないコンビ」も売れている世の中ですが「楽譜が書けない、絵が描けない、でもイメージの発想力はすごい。」・・・逆に「発想力無いけれど漠然とした想いを聞いて具現化する力がすごい。」って才能もあるよね。
なーんてセパレートに考えていったら「自分の絵って」わかんなくなってきちゃいますよねー。えーい!全部自分でするのが一番わかりやすいわっ( ̄▽ ̄;)!!。
一筋縄ではいかないところが絵の「奥深さ」であり「面白さ」の一つなのかも知れません。スケッチなどでは時間が無いのでついつい焦って輪郭線と固有色を追うことに終始してしまいますが、ふと感じた言葉にならないイメージも大切にしたいと思う今日この頃です。
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